試乗! トヨタ iQ 130G

日本カーオブザイヤー、という賞がある。
毎年年末に、モータージャーナリストを中心としたメンバーによって加点方式で選考される、その年の一番の車に与えられる賞である。名前を聞いた事のある人も多いだろう。このiQ、2008年の日本カーオブザイヤーを受賞しているのだ。

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見たことあるかな?

でも、街中で走ってる姿はほとんど見ない。要は、売れた車ではないということ。皮肉にもカーオブザイヤーを受賞することと売れる事は違うということを示してくれたような車になってしまった。去年受賞したリーフなんぞ、もっとその傾向が出ると思うのだが…
しかしながらカーオブザイヤーは「志の高さ」があり、テクノロジーも付いてきて、魅力的になった新しい車に対して送られることが多く、iQはその条件を十分満たしていることは確かである。

そもそもどんな車なのか?とずっと気になっていたが、ようやく試乗することができた。

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もう、とにかく小さい。特に前後の長さの寸止まり感がたまらない。それがこの車の最大の特徴である。そしてそこを魅力と思うかどうか?が試されている。前後幅が異様に短いことが、どんなメリットがあるのか?それは格好いいのか?ということだ。
イマドキの軽自動車より断然短い前後長。何で? 何のためにそんな? と思ってしまうくらい、見た目がファニー。まさに変態車。これがスマートやTwinのように2シーターだったらまだ分かるが、4シーターなのがiQ。

これを達成するためにかなり多くの割り切りと、新しいテクノロジーが投入されている。こう見えて贅沢な長さなのだ。そのせいで、小さくなったからと言って価格が安くなったわけではない。ヴィッツより断然高く、平均で200万円近くになる。

乗り込んでみると、高い座面。見下ろすように運転する感じだ。今のチンクエチェントにちょっと似ている。前後長を切り詰めるため、出来るだけ寝かせないようにしているのだろう。アクセルやブレーキは上から踏みつけるような角度で設置してある。

iQには1.0と1.3のモデルがあり、乗ったのは1.3。
走り出すと、エンジン音は元気に車内に入り込んでくる。その音はパッソやヴィッツのようなあの音で、デザイン的な面白さに溢れたiQの非日常感を、日常感に戻してしまう感じがする。もう少し抑えるか、気持ちの良い音にした方が良いように思える。
ハンドルは適度に重く、何より小回りの効く加減がやみつきになる。考えられない角度でクイっと曲がるのはゴーカートみたいで楽しい。
ホイールベースが短いからといっても、左右のトレッドはかなり確保されているので、運転感覚は非常に安定している。サスのセッティングも良くて、1tを切る車体だというのに重厚感があり、不快な突き上げやピッチングが少ないのは素晴らしい。
1.3リッターのエンジンは必要十分の出力なので、レスポンスも良く軽快に走れた。乗ったのはCVT車だが、6MTバージョンの方はさらに趣味性が高い個体だろうと思われる。

そして冗談みたいな後部座席が楽しい。スポーツカーやクーペの後部座席にマトモに座る事が出来ないのは、「走り」のために払った犠牲だから仕方がないと思えるが、iQの場合はデザイン上、どう考えても座れなさそうなのに、そこに席があるのが面白い。助手席を前にスライドするとかろうじてその後ろには座れるが、運転席側は絶対無理。足もとスペースが足りないどころか、運転席の椅子の背面が後部座席と密着しているw
そして後部座席の直後に迫り来るガラス! この窮屈感は、スポーツカーのそれとは全く違う。小さな観覧車のゴンドラに男4人乗ったような感じだ。

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しかしながらiQ、滅茶滅茶楽しい。小さい車贔屓の自分ではあるが、これは「俺の手のひらの上にいる感」がたまらない。色んなパーツを付けたりして、自分好みに改造したくなるような感じ。
速いわけでも取り立てて快適というわけでも、人も荷物も載らなくて、そして安いわけでもない。そんなモン、どうやっても売れんよ!って感じではあるが、乗ってみると完全異世界。カーオブザイヤー的に「ここに車の未来がある!」というのはちょっと勇み足すぎると思うが、ここに何かがあることは確かだった。発売時にトヨタが打ち出していたコピー、マイクロプレミアムというのとも何か違う。プレミアムという単語が汎用すぎるのだ。

売れる車とは、「買う事に覚悟がいらない車」なんだと思う。覚悟とは、荷物が載らない事に対する覚悟、維持費の覚悟、派手な外観や色で目立つ覚悟、なのではないだろうか。
今売れている車、これから売れそうな車は、うまく「覚悟」を取り除いていると思う。この覚悟感を一般大衆としての我が身のものとして考えるか、自動車文化の進歩として考えるか、この差がジャーナリストと一般大衆との差であり、iQという車の評価になって表れてるのだなと。

意味のないことに全力で取り組んで、色んな物を捨てて、煮詰めて煮詰めて出来上がったその上澄みがiQだ。その上澄みもやっぱり意味なんか無いが、何故か気になる。どうしても気になる。何か良い単語があれば良いが、それすら見つからない。少なくとも「マイクロプレミアム」ではない何かだ。

トヨタの変態性が存分に発揮された車であることは間違い無い。特に6MTバージョンは猛烈に欲しいと思った。