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「解りやす力学」を提唱してみる

2.jpg造語だが。
解りやす力学」というものがあるとする。

それは何かというと、水が下に下に流れるように、人は解りやすい方解りやすい方に流れるという世の中の力学だ。この力学の概念が解れば、世の中のマクロ的な潮流に対して今までより少しだけ客観的な視点が持てるかも知れない。

「解りやすいもの」。言葉、メロディ、写真、コンセプト、デザインetc 全てに対して「解りやすい・にくい」は存在する。でも、「芸術的価値」と「解りやすさ」の間には、何の関係もない。同じく、「ニュースの重大さ」と「解りやすさ」の間にも、何の関係もない。軸が違うのだ。

人としての引き出しを高めるには、「解りやすさ」より「芸術的価値」を尊重すべきだし、世の中を知るためには「ニュースの重大さ」を重視すべきだろう。でも、なんとなくフラフラ自然に身を任せていると、いとも簡単に「解りやすさ」の方へと流れていく、流されていく。力学が働くのだ。

現在と40年前とを比較すると、人間に降り注ぐ情報量は数万倍くらいに増えた。新聞とラジオだけがメディアだった時代は選択の余地が無かった。与えられるものはみんなそのまま享受した。選択の余地の無い、マスメディアからの情報を一方的に受け取る時代が、おそらく80年代初頭までは続いた。みんなが同じものを経験しているから、「より解りやすいもの」に流れる力学はそんなに働かなかった。

今や選択の余地だらけである。
コンテンツや広告を問わず、無数の情報発信源が自らを選んでもらおうと色んな手段を企てる。あの手が古くなったらこの手、それが古くなったら…という具合に、「リーチ」という名のもとに巧妙に変化してきた。

作る方もまた大変である。
メディアの数が増えれば増えるほど「解りやす力学」は強く働くため、これまで「1分以内に理解されなければならないもの」だったのが「20秒以内」になり、「10秒以内」となっていく。つまり、出して即、見る人に理解されないようなものは、「解りやす力学」に反し、時代にそぐわなくなっていく

3.jpg普通の人が10秒以内に解るものなどたかが知れている。すぐに共感できるもの、ちょっとした言葉の使い方や言い回し、単刀直入なストレートな表現、敵か味方か二つに一つ、勧善懲悪、血液型、あるある話、等々。深く考える事はない。そうするうちに難しいものなど一切関知しなくなる。「こういう部分は評価できるけどこういう部分は問題」といった多面的な考えは、「解りやす力学」に反するため排除されていく。

その結果こうなった。

・文学的表現のあるような本や楽曲は売れなくなっていく

 →じっくり、ゆっくり理解されるようなものはすぐに良さが解らない
 →スピーディにキャッチーさが分かるものが売れる

・カウンターカルチャーが「何に対するカウンターか」まで理解されないので成り立たなくなる
 →サブカルチャーというものの価値の喪失(時間が無くて理解されない「アンチ」)
 →より即物的で解りやすいオタクカルチャーの優位

・重厚長大で渋めの世界観なゲームは売れなくなっていく
 →PS3の失敗
 →必ず何かのキャッチーさが必要(シューティングに萌えなど)
 →wiiなどのライト感覚ゲームの増加

・「郵政民営化」「消費税廃止」のように5秒で解る政策以外は理解されなくなっていく
 →元々政治に興味のない国民を振り向かせるためには政策名は漢字5文字以内?

・↑を言えない政治家は何もやっていないのと同じと思われ、つまらない揚げ足取りのネタになって終わる
 →今ココ

・嘘でも何でもいいから強烈にインパクトのある一言が求められる
 →亀田(ボクシング)、石井(柔道)、泰葉、福田元総理

・前提を必要としない即物的な芸を持つ芸人の増加

こういう現象はネットというメディアでは、PVや被リンク数という数値になって表れる。その数値から自動的に作られたランキングがmixiニュースだったりする。「解りやす力学」に忠実に従ったランキングである。
その「解りやす力学」ランキングの中だけで完結するのはとても楽だ。それに慣れてしまうと、そのニュースが重大なものかどうかという判断力を失う。

スポーツの有名選手の影で地味に成果を上げている選手を知っているか。
芸能ゴシップの裏で世界で何が起こっているか。
知らない間に重大な法律が議決されていないか。

この流れから脱するには、全ての事象の「前提」を勉強するしかないと思う。なぜこの人はこんな事を言っているのか、なぜこの曲はこんな内容なのか、なぜこの国とこの国は言い争いが絶えないのか、etc。前提が解れば、様々な事象の意味や重大さが分かってくるので、無意味な情報をカットすることができ、ちょっと客観的になれる気がする。必然的にテレビを見ることが無くなっていく。
テレビの視聴率が下がっている原因はここにあるのではないかと考える。テレビを見なくなった人は、物事の本質を知るために、「前提」がどうなっているのかをネットやリアルな本から知ろうとする。テレビではカバーできない深くて細かい領域だ。どうでも良い情報を浅く取るのではなく、自分にとって、国にとって、世界にとって重要な情報を取捨選択し、「前提」を知って深く掘り下げる。決して情報を遮断しているわけではなく、むしろ効率化したために濃い情報と接するようになる。余計な情報ノイズに惑わされなくなるため、時間の過ごし方がかなり有意義になる

しかしながら、解りやすいものをアウトプットして、大衆の「解りやす力学」を自在に操れる人は凄いと思う次第。

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