上京(川崎だが)して11年目。関西で22年過ごし、関東で11年過ごしているうちに、すっかり自分のアイデンティティが分からない。日々、都合良く標準語で喋る。所々に関西弁が混ざる。関西に行けば100%関西弁のみになる。
どんな時に所々関西弁が混ざるのかを思い返してみると、「人にツッコミを入れている時」「ボヤいている時」が多いようだ。関西弁は「怒り」系の表現が豊かである。
他人のボケに対して勢いよく突っ込んだりする場面で思わず関西弁が出てしまうという東京在住の関西人というのは、自分の他にも結構いるのではないかと思う。
どの方言もそうだけど、ネイティブ方言で考え、話す方が、思考が速くなり、ニュアンスを伝えやすいから、出来れば関西弁で喋りたい。その方が楽だし、何も考えなくてもいい。
でも東京にいるのに、会話において関西弁を出し続けるのは難しいし、流されてしまう。僕は関東圏では標準語を話す。会話の相手は標準語であることが多いので、それに自然と合わせるようになった。言葉は相手と自分とでリズムを合わせた方がコミュニケーションが上手くいくと思うし、生理的に気持ちがよい。だから標準語を話す。
でもたまに、東京にもう何年もいるのに、ずっと関西弁で通す人がいる。これは凄いと思う。
芯が強いのか、キャラを保つための努力なのか、鈍感なのか分からないが。
みんなが標準語なのに自分だけが関西弁でベラベラ喋る人というのは、関西弁を喋ることで関西アイデンティティが発揮され、「地に足付いてる感」を出すのが好きな人なんだと思うが、関西弁と標準語とではコミュニケーションのテンポが違うし、笑いを生み出すツボも違うので、しんどい。
こんな感じで適当に過ごして11年。自分の声を自分のラジオで聞くと、微妙に混ざった関西弁が気になって仕方がない。
逆に、関東の人が大阪や京都で生活し出すと、関西弁になっていくのだろうか?
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