ついさっき、目の前で爆風スランプのライブを見て号泣した話

ついさっき、目の前で爆風スランプのライブを見て号泣した話

緊急チャリティで「爆風スランプ」のライブが行われた

元・爆風スランプのベーシスト江川ほーじんさんが昨年末に交通事故に遭い、現在もまだ意識不明なのだという。
そこで急遽、江川ほーじんさんを救うためのチャリティイベントが連日行われることになった。

そのうちの一つ、今日2月26日に目黒のLIVESTATIONで開催されたのは…

どこにも「爆風スランプ」とは書かれていないけど、爆風スランプそのものなのである。
緊急チャリティライブとして往年のメンバーが急遽揃ったのだ。

爆風スランプのライブなんていつぶりだろう。
自分は2005年の新宿コマ劇場での復活ライブ以来なので、実に14年ぶりだ。

爆風スランプは解散したわけではなく、あくまでも活動休止
たま~に復活ライブが行われるような活動ペースである。

中野くんと河合さんのコンビで爆風曲が披露されることや末吉さん主導での活動は多いが、「爆風スランプ」として揃うことは滅多に無い。

90年代のバンドブーム期に人気だった多くのバンドは解散後に再結成して活発な活動を再開していることが多いが、解散したまま二度と再結成しなかったBOOWYのようなパターンでもなく、爆風はあくまでも活動休止状態なので「再結成」でもないという不思議な状態のバンドである。

アンテナ感度の高い当方は、スムーズにチケット予約に成功。
何と整理券26番である。

キャパ的には「小箱」。
バンド活動は休止中とはいえ、かつては武道館を連日満員にしたバンド、さすがに即ソールドアウトになったようだ。

そんな小箱で26番って一体どういう距離感!?とワクワクしてちょっと早く着きすぎてしまい、寒い2月の空の下、LIVESTATIONの前で凍えながら、整理券番号が呼ばれるのを今か今かと待ちわびる。
並んでいる人(いい年)達の会話の節々から爆風スランプという単語が聞こえてくる。本当にこれからライブが始まるんだ…

開演30分前に開場し、中に。

うわ、こりゃ近いわ!

この大きさの箱ですよ!

そんな中、自分がいたのは

近っ!!

いつの間にか両隣の人達と爆風スランプ話で盛り上がったりして仲良くなったりしてるうちに、開演!

幕が開き、パッパラー河合さん、ファンキー末吉さん、バーベQ和佐田さん、キーボードの太田美知彦さん、ダン本多さん、エンペラー福田さん、そしてサンプラザ中野くんが登場。

中野くんのMCから始まり、1曲目「大きな玉ねぎの下で」から開始!

うわぁぁぁぁ…!!!

号泣の連続

「大きな玉ねぎの下で」って名曲中の名曲名バラード

ヒットした1989年当時発売されたアルバム「I.B.W」にはフルオーケストラバージョンが収録されているけど、オリジナルのリリースは2ndアルバム「しあわせ」に収録されているバンドバージョンで、演奏されるのはもちろんそっち。
河合さんの泣きのギターソロが滅茶苦茶格好いいし、絞り出すように歌う中野くんのボーカル、いきなり全部持って行かれてボロボロ泣いてしまった。

ちょっと思い出話を書くけれども、この曲、中学2年の当時の合唱コンクールで、「自分、鍵盤弾けるやろうから、ピアノ弾け」と言われ、えー、ピアノじゃなくて俺エレクトーンなので全然違うんだけどなと思い、交換条件で曲を決めさせてもらったのが、この曲だった。

何なら左手は、和音を4分で叩いているだけなので演奏が簡単だからである。

無事に合唱コンクールを終え、それまでクラスで地味な存在だった僕は、学年中に対して「ピアノ弾けるんだ!」というイメチェンを果たし、急に人気者になって、卒業まで楽しい中学生活を送れたのだ。

普段はダメでも音楽できれば褒められる、と味をしめたのはその時からである。それで人生変な方向に向いて今に至る。

手を伸ばせば中野くんに触れるほどの近さで、爆風スランプによって全力で演奏される「玉ねぎ」
僕は確実に中学2年のBUBBLE-B少年だった。
こんなの絶対泣くでしょう?

そこからは畳みかけるようにノンストップで

・それから
・週刊東京少女A
・月光
・Runner

と続く。

ああもう、たまらない。泣き止まない。

爆風スランプ独特の、情けない男の気持ちを代弁してくれるようなセンチメンタルな世界観と、80年代のパステルカラーを感じるような馬鹿な面白ソング

2019年に「なんだ坂!こんだ坂!」って全員で拳振り上げるんですよ?

あわよくばライブの写真撮れるかな?なんて思っていたけど、1枚も撮らず全て心に焼き付ける。

そして往年の名曲「Runner」

今でこそJ-POP DJの端くれをやって、聴ききれないほどの曲を持っているけど、初めて自分で買ったシングルは爆風スランプの「Runner」なのです。小学校6年生だったBUBBLE-B君です。
CDではなくカセットテープでした。

Runnerと、カップリングのTHE BLUE BUS BLUESをすり切れるほど聴いた。

当時は歌詞の比喩そのままのスポーツ頑張るやつらの切ない気持ちを歌った曲だと思っていた。走る走る、ってのは校庭走ってるんだと。

やがてこの曲は運動会の定番ソングとなり、時代を超え、誰もが知ってる曲として愛されていく。
リリース30周年の去年にはサンプラザ中野くんのセルフカバーもリリースされた。

でも実はこの曲は、バンドを脱退していく行く江川ほーじんさんに向けて作られた曲だと知ったのは、随分後になってからだ。
そう思って聴くと、全然違う意味を持つ曲になる。

爆笑MCの後、もう一度…

1時間の枠のイベントで、前半30分のライブタイムはこれで終了。

ここからは延々とMCタイムで、昔話や江川ほーじんさんの濃すぎる面白エピソード満載で最高。
河合さんは当時アーティストに配布された「よい」「無理だ」のアナログLP持ってくるし!

そんなMCが盛り上がりすぎて、1時間の枠を大幅に超えても終わらない!!
音楽の時間よりMCが長い。松山千春化、もしくはやしきたかじん化!最高!
まだまだ聞きたいと思っていたところで、さすがのシメ。これでライブが終わると思いきや…まさかのアンコール(1部には無かったらしい)。

「1部は5曲やったけど、2部は6曲やります!」
と宣言され、大歓喜するフロア。

1部は「うわさになりたい」が演奏されたので、うわさになりたいをやろうか?という話になっていたそうだけど、河合さんたっての希望でもう一度「Runner」を演奏することになったという。

河合さんの口から「Runnerで」と発表された瞬間に、河合さんが号泣!
やはりこの曲は、江川ほーじんさんの事を歌った曲なのだ。

中野くんから、Runnerが作られた当日のいきさつが詳しく語られる。
末吉さんが作った曲に歌詞をつけて、初めてリハーサルスタジオで歌った時から河合さんが泣いたと。そして今日また泣いてると。
もうお客さんみんな泣いてるよ。

そして演奏が始まった本日2回目の「Runner」!!

この曲は本当に凄いなぁ。曲も歌詞もアレンジも全てが完璧な世界を持っていて、それは爆風スランプだから表現できる。
それが今、目の前で演奏されているのだ。

小6で初めて買ったシングルを聴いたあの日から31年経って、俺は40を超え、日常では色々と辛いこともあったりして、そして俺なんかよりもっと辛い江川ほーじんさんの事もあるんだななどと思ったりして、振り絞るように演奏される「Runner」。

何ていい曲なんだろう。そしてこれ以上特別な「Runner」があっただろうか。

万感の思いと余韻

ライブが終わり、しばらく茫然自失。
周り、泣いてる人ばっかり。
それぞれの青春時代を思い出したのだろうなぁ。

ドリンクチケットをやっとビールに交換し、来ていたお客さん達と爆風談義でまた盛り上がったりして、ステージの片付けが始まった頃、楽屋のファンキー末吉さんにご挨拶することができた。
弊作「青島ビールの歌」で、ファンキー末吉さんにドラムを叩いてもらったことのお礼を自分の口からしたかった。

よかったぁ~~…

初めて「Runner」を買った小6、合唱コンクールで「玉ねぎ」を弾いてモテた中2。

かつてFM大阪でのラジオ番組「サンプラザ中野のパッパラーナイト」に投稿しては採用され、変なテクノを作って投稿しては流されを繰り返し、スポンサーのマンダムから男性化粧水のボックスセットが山ほど届いた高校時代。

そして自分の曲にファンキー末吉さんにドラムを叩いてもらえた41歳。

そして今日。

全部繋がったなぁ。

帰り際にサンプラザ中野くんにもご挨拶できて、当時のラジオ投稿の話したら何となく覚えてもらっていた!

はぁ~。そんな日でございました。次の元号こそ爆風元年だな。

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