「音楽ファイルの90年代」にライブ出演

東京藝術大学にて、MOD/Trackerに関するイベントにライブ出演してきました。
その様子。

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2015年の今、64bitのWindows8.1マシンで、MS-DOSのエミュレート環境を作り、そこでFastTracker2を動作させての生ライブを行いました。

自分自身、FT2で作曲を行っていたのは、1996年~2000年という期間です。プロジェクト的には、カラテクノの最初(アルバムで言うと「空手ガバ一代」)から、BUBBLE-Bの「金持ち男’90」まで。次のBUBBLE FEVERからCubaseとなってます。

そんな短い期間でしたが、FT2が自分に与えた影響は計り知れないほど大きなものでした。それまではRoland W-30というサンプリングワークステーションを使っていたのだけど、何もかもが完全に別世界。PCの広大なメモリを使えるし、打ち込みもサクサクと出来てしまうし。
当時DTM用のハーフラック音源しか持っていなかった自分にとって、その出音の違いは衝撃的であり、とても救われた気分になったものです。

しかし、何でもできると思っていたFT2でも、各チャンネルにエフェクターやEQなど無い、その当時出てきたVSTインストゥルメンツなぞ当然使えない、細かいニュアンスが触れない、ボーカルを録音とかしにくい、何より音抜けが悪くてハコで鳴らすと他の音の良いライブアクトに負けてしまう、みたいな事がどんどん浮き彫りになってきて、各チャンネルをパラ出力してからCubaseでミックスダウンするといった方法で凌いでましたが、それも何か直したい時の後戻りが面倒で、思い切ってMOD環境とは決別する時が来てしまいました。
それ以降、今に至るまで15年間Cubase使いです。

でも、このイベントのために15年ぶりにFT2を触ってみると、まだ手が覚えてることにちょっと感動しました。とにかくUIが分かりやすい。いくら今日的なDAWが直感的だと謳っても、FT2には百歩くらい及ばないでしょう。やりたいことがすぐに形にできるインターフェイス。初期衝動のまま曲作りが出来る楽しさが、当時のままの姿でそこにありました。

東京藝術大学のイベントでは、MODファイルをインターネットに無料で公開することで、そこから派生するコミュニケーションといった面にフォーカスされていたことが多かったですが、自分の場合はFT2のこのインターフェイスがあってこそのものでした。

当時の懐かしい、そして恥ずかしい曲ばかりでライブセットを組みました。

セットリストは、

バブルアンセム / BUBBLE-B
never give up / BUBBLE-B
風呂 / KARATECHNO
即興で作曲
M.O. IS DEAD / KARATECHNO
電人ザボーガーゴォォ!(レオパルドン) REMIX / KARATECHNO
サイコメトラー英二 / BUBBLE-B

でした。

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