イケアのメシが好きだ

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イケアのメシが好きだ。

土日のイケアは大混雑する。ニューな夫婦とニューな子供が、ニュータウンから大集結する。
ニューなマンションをロングなローンで買ったから、部屋にはイケアのブックシェルフを置いちゃおう! ダイニングにはイケアのダイニングテーブルを置いちゃおう! 子供部屋にはイケアのベッドを置いちゃおう! だ。
ニュータウンからの刺客の鼻息は荒い。

イケアの家具は確かに安い。
ええっ? こんな値段で本棚買えるのー?」っていうオドロキと、それが北欧家具であるという心の安心感、豊富な品揃えの中で選んでいる充足感。それこそイケアだ。
ついついパパも「俺って、家具とか好きじゃん?」と上機嫌になれちゃう。

昼時になると、イケア併設のレストランには長蛇の列。ひとしきりイケアの家具を見たあとは、「ミートボール」や「牛フィレのロースト」が食べたくて仕方が無くなるものだ。
安いけど本場のスウェーデン料理が楽しめるレストランの、あのミートボールを食わずして帰れるか?
そんな現場の空気に巻き込まれてしまう。
スウェーデンなんか行った事無いし、スウェーデン料理がどんなものか全く知らないのに、イケアで食べるミートボールは本場のスウェーデン料理なんだというイメージ作りはイケアマジックとしか言いようがない。ほんとかどうかは知らないし、関係無さげ。

家具と同様、全てがセルフなスタイルのイケアレストラン。プレートの上におかずやサラダ、スープを載せていく、学食・社食スタイルだ。イケアでニューな家具を買いまくるという家庭仕事をこなしたパパの社食と言ってもよい。
それぞれ、全部「299円」「599円」などと「○99円」スタイルが全品に渡って貫かれている。フォントはイタリックなPOP体だ。
このポップの作り方が家具のフロアと同じで、「あっ安い!」と感じさせるイケアマジックを放っている。

しかし、だ。
ミートボール、サラダ、ライス、本日のスープを皿に盛ると、余裕で1000円はオーバーする
単品がいくら「○99円」で「安い」と思わせても、スープは199円、サラダも199円するし、ライスも99円。スープ・ライス・サラダのセットで+500円。これにミートボールが15個で599円。しめて1100円といったところだ。
「あれっ? 安いと思っていたのに?」と、己の経済観念の足りなさを悔いても後の祭りだ。

これで味がスペシャルだったら言う事ないが、残念ながら社食・学食の味そのものである。時にはショボショボのフレンチフライポテトが盛られることもある。典型的な「大量に作られた料理の味」だ。不味くはないが、美味くもない。
1100円出したらもうちょっといいモノ食えるよ、と思うが、ここでそれを言うのは無粋、B・U・S・U・Iというものだ。

でも、それでいいだろう? 不味くないんだから。それだけで充分だ。なぜならイケアは家具屋であり、レストランはオマケのようなものだ。レストランが圧倒的に美味かったり、グルメ好きの舌を巻く様なクオリティだったら、おかしいだろう。美味いことよりも、不味くないことの方が重要なのだ。

今日も今日とて俺はイケアに行ったのだが、プレートを持ってレジからテーブルへと運んでいる時のことだ。
横にいた子供が、母親のセーターを掴みながら「ヒェーーーィ!」と叫んだと思ったら、突然走り出した。その瞬間、俺のプレートに突撃! 「本日のスープ」(199円)がグラリと傾き、プレートの上にドロップ!
プレートの上がミネストローネの洪水になってしまったではないか。
しかしそれもイケアの日常なのだ。

しかし新婚夫婦はなぜこうもイケアに通い詰めるのか。

教会で結婚式を挙げたとき、牧師さんに
「イケア・ファミリーカードを作って、イケアに通う事をチカイマスカ?」
とでも言われて「はい!誓います!」とでも答えたのだろう。

なんせ、イケア・ファミリーカードを持っていると、ドリンクバーがタダになるからな。当然俺も持ってるよ。

食い散らかし、食えないものを遠慮無く残し、プレートの返却口に返すと、新婚夫婦たちの食べ残しプレートのおびただしい量が待ち構えている。
下の階ではホットドッグにバカほどピクルスとケチャップを盛りまくる者たち。
この場所に来るといつも、大勢のエゴと、大量消費を一気に見せつけられる。

イケアのメシが好きだ。

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