渋谷の落書き(タギング)イタチごっこが激しい。
ガード下とか人の家の壁に、スプレーで読みにくい何かがわんさか書いてある。いわゆる「落書き」、格好いい言い方すると「タギング」で、当初(昔のアメリカ)はギャングの縄張り主張のものだったけど、今の日本におけるタギングの意味って何だろう?とよく思う。
個人的には、何か若いやつの「いつか本場でタギングしてくるための練習」「度胸があることを周りに示す大人への通過儀礼」みたいな印象しか受けないが、書いている本人らは「格好いい」と思っているはずで、タギングだらけの外国の地下鉄とかを見て憧れて、日本もそうなればいいと考えていると思われる。たまに電車にタギングする奴がいるが、それもそういうワナビーの表れだ。日本にはタギングが少ない=まだまだカルチャーが根付いてない、という危機感を持っているのだと思う。街に書く前に自宅とか親の車とかに書けよって思うけど。
まあ、格好良ければ良いのだけど、残念ながらほとんどそういうのに遭遇したことがない。練習みたいなのばっかりじゃないか? タギングは「記号」だから格好いいもくそもない、ものなのかな。
昔はもうちょっと手の込んだ「グラフィティ」もあったと思うよ。最近ほとんど見ない。
で、渋谷に限らずよくあるのは、どこかのアート系専門学校の学生をボランティア名目でタダ働きさせて、壁に先にイラストを描かせるやり方。
「海の中の様子」「花がひらひらと舞ってる絵」「動物の絵」みたいな、絵として見るとどうでも良いものだが、「せっかく描かれた絵の上にタギングをすることは抵抗感があるのではないか? タギングをする連中も作品を壊すのは抵抗あるんじゃないか?」という性善説に基づいて、とにかくガード下の壁に絵を書かせる。
その絵のままだと良いのだが、大概は、絵の上からお構いなしにタギングされる。性善説は通じないようだ。
そしてまた、これまでやっていたように、町内会がタギングされた壁を白く塗りつぶすように、描かれた絵ごと白く塗りつぶしていく。で、真っ白に戻ったキャンバスに、またタギングされる。
100年後にはもう地層みたいになってて、考古学者がレーザーとかを使って、いつ頃のタギングか?いつ頃の専門学校生のイラストか?を調べて、当時(今)の頃の文化・風俗を調査するのだろうなw