CDを作るというのは、CD工場のプレス機で大量に生産されるということであり、それが自宅に届くということである。
大量のCDが家に届く瞬間というのはもの凄くテンションの上がる瞬間であり、ドンヨリ落ち込む瞬間でもあるのだ。
初めてのCDプレスだったカラテクノの4th「The GODHAND Experience」から、22年間、一体何作のCDを作ってきたのだろうか。
宅配便のトラックが来て、何個口にもなった重たい段ボールを次々と自宅に運び入れることも、何度も経験した。
箱を開け、最初の1枚目を取り出す瞬間は、人生の最高潮の瞬間。
「ようやく形になった!」
色味は大丈夫か、誤字脱字は大丈夫か。
包装を解き、ブックレットは大丈夫か。CDの盤面はどうか。
iTunesに読み込ませても大丈夫か。
レーベル面とジャケット面の色味が若干違うじゃないか。
とはいえ印刷機も別物だろうし、色校なんかさせてもらえないので仕方ない。許容範囲だ。
ひととおりチェックを終えて、ホッとしたのもつかの間。
後ろを見ると段ボール箱の山である。
ドンヨリ落ち込むのはここからだ。こんなにたくさん、売れんのかよ…
かつて私は、ジュエルケース仕様でプレスをしていた。ジュエルケースとはいわゆるCDのあのケースのこと。
この仕様は一般的で、プレス価格も安いけど、とにかく場所を取る。
ジュエルケース仕様だと100枚入りで段ボール1箱というのが普通で、1000枚プレスすると、段ボール箱が10箱も運ばれてくる。
俺たちは1000枚、10箱だぞ10箱!(©小島聡)
重たい段ボール箱10箱というのは、さすがに部屋を圧迫する。
これが、2000枚プレス、3000枚プレスをするようなレーベルだったら20箱、30箱となり、また別タイトルのプレスが20箱、30箱となると、家の中は段ボール箱で埋まるわけだ。
かつて働いていた会社で、大量発注をしてしまった社員に対し、社長が叱責していた。
「あのなぁ、在庫のザイって字は、罪って書くんだぞ! 分かってるのか!」
そう、在庫のザイって字は罪、つまり罪庫なのだ。
いや、罪があるのはCDのジュエルケースの方だろう、と思うのだが。
これは前作「ガモリ3」が工場から届いた直後の写真。ガモリ3は紙ジャケットなのでジュエルケースより薄く、1箱に250枚入りで全4箱。めちゃめちゃ重いけど、それでもジュエルケースで作ってた時より相当省スペース感があった。
SPEEDKINGシリーズは全てジュエルケースで作っていて、特にSPEEDKING Vol.2とSPEEDKING Vol.5は2枚組仕様。ジュエルケースの2枚組というのはとにかく重いのだ。それが10箱届いた日にゃあんた…
でも、まだまだ序の口。
以前訪れたインディレーベルオーナーの事務所には在庫部屋があり、積み上がった段ボールが壁のようになっていた。サウンドの壁、まさにウォールオブサウンドである。
オーナー氏に、こんなのいつ売るの?と聞いたら、
「解散したバンドのCDなんか売れるわけないよ!」
と言っていた。そしてその後、事務所引越しの際に一気に処分したという。
CDは食べ物と違って腐ったりしないけど、それを作ってるアーティストには賞味期限があるのだ。
そんな私のレーベル運営史は、どのタイトルも製作費の回収ができており、一部タイトルを除いて在庫はあまり残っていない。本当に恵まれている。
しかし今は2DKのマンションに一人で住んでいた時代とは違い、段ボール10箱なんてとても置けない。
今回の「最果てアンビエント」はガモリ3と似たような紙ジャケット仕様だけど、ガモリ3よりも段ボールが大きくて、1箱に350枚ほど入っており、1000枚プレスなのになんと3箱で済んだ。
俺たちは1000枚、3箱だぞ3箱!(©小島聡)
これなら置ける。置くためにスペースを確保したけど、余裕すらある。
でも、こんなことも、BandcampやBeatport、サブスクで配信するだけだったら、プレスとか、在庫がどうとか、売れなきゃ廃棄とか、一切考えなくてもいいんだよね。
時代はとっくに合理的になっており、おまけに96kHzの24bitという、CDの4倍以上の情報量の音質で配信できる。
そんな時代なので、わざわざCDをプレスするのはその作品にとってどういう意味か?を考えないと、CDの存在価値が危うくなる。
「音楽のリリースといえばCDを作って売ること」という時代は長かったけど、それは完全に終わり、今はCDだけが選択肢ではない。
それでもCDを作る。
「最果てアンビエント」はCDである必要があるのか?
それは、CDでしかできないことをどれだけするか?に掛かってる。
今回、利尻富士町の役場のご協力を得て、利尻島と礼文島のパンフレット(とはいえ、30ページオールカラーの、かなりガチなブックレット)を頂いた。通販でご注文いただいたCDにこのパンフレットを同封することで、具体的な情報が楽しめる。
こういうことが出来るのは、CDならではだろう。
また、様々なレコード店からは「最近はもうCDはあんまり売れないんですよ…」と言われたが、それはDJや音楽マニアの世界での話。音楽マニアに向けて作るのであればアナログレコードやダウンロードが良いけど、今作はそうではない。
今作は「旅人に手に取ってもらいたい」という私の思いがあって、レコード店以外にも幅広く、楽しい場所、安らげる場所に置かせて頂けることになった。
たとえば、利尻島の「利尻うみねこゲストハウス」さんや、長野県渋温泉の「歴史の宿 金具屋」さんなど。
これは、宿のオーナーさんに、私の思いに共感していただいたから実現できた。
売れるかどうかは分からないけど、CDの未来(の一部)はここにある気がする。
とはいえ、車にCDプレイヤーが付かなくなった今、いずれはダウンロードコードに取って代わるかも知れないけどね。
これが最後かも知れない(と毎回思う)CDプレス、今回も到着して最初の1枚を取り出す瞬間、喜びに満ちあふれることができた。
これがレーベルの醍醐味なのかも知れない。
あとはどう売るか。やっぱりドンヨリ…在庫のザイは罪…にならぬよう、皆様、お買い上げ頂ければ幸いです。